竹をつうじての自分、自分をとおしての竹

 

 竹工芸の道を志してから十五年以上、竹工家を職業にしてからも十年以上の月日が経ちました。そのあいだに自分の中の意識は日々変化をしつづけて、自分の外へあらわれる仕事も変わってきたようです。

 

 以前には竹という素材とその仕事を通して「自分を見せたい」気持ちが強かったように思います。

 

 それがだんだんと、自分の仕事を通して「竹が美しいと知っていただきたい」気持ちが強くなってきました。

 

 いずれも私の中に共存していて、どちらの態度が正しいと決めて片方を捨てる必要はありません。それぞれの意識の面積が広がることで、仕事のあり方も広がるのではと、ただそう考えています。


畑の上に並んで寝かされた太い竹
畑の上に並んで寝かされた太い竹

 日々、何気なく歩いていて、自然と竹に目がゆくのは職業病の一種で、今にはじまったことではありません。

 

 その場で、それぞれの竹のあり方に感じたもの、竹との関わりを通じて作られてきた自分が、こんどは改めて竹に触れた時に、自分を通じてどう竹を伝えてゆくのか。

 

 いまのところは、その具体的な在りようを言葉でお伝えすることはできませんが、行ったり来たり、広げたり畳んだりを繰り返しているうちに、まるでパイ生地のように薄い層が幾重にもなって、結果としてそれが仕事として残ってゆくのかなと、なんとなく感じています。