フィルムカメラで竹工芸を記録することについて

 

 フィルムカメラでも竹工芸の仕事を記録しています。昨年の夏頃から試みているところです。

 

 デジタルカメラで、それなりに熱意をもって仕事の写真を撮るようになって、まだ日が浅いですが、少しずつ適切なカメラの設定が見いだせてきた気がします。

 

 この数年で、以前では考えられないほどカメラやレンズの性能が向上していますが、正直に言って私にはそこまでの高性能は必要ありませんし、最高レベルのデジタルカメラを使う能力も資力もありません。少し昔の機材でそれほど問題なく撮影ができます。

 

 伝統工芸を仕事にしている身としては、デジタル機材の進歩と更新のスピードの速さには驚くばかりで、日々記録される「データ」はいったいどうやって保存し続けるのだろうかという素朴な疑問が捨て切れません。

 

 いつ消えてもおかしくない、実体のないデータのみに記録をすることに不安を覚えるようにもなりました。また、デジタルカメラで露出を理解するにつれて、半世紀前のフィルムカメラでも十分に記録が可能であるという、当たり前の事実に気がついたことも、フィルムで仕事を記録するようになった理由のひとつ。

 

 そして何より、ネガフィルムという、小さなコマが並んだ実物の記録写真を手に入れることができるのは、今になってみると価値のある営みだと気づかされます。もちろん、費用や手間のことを考えれば、メインのカメラはデジタルにせざるを得ないのですが、ここぞという時にはフィルムカメラを使いたくなります。


フィルムカメラで撮影し、プリントした酒籠。竹工芸を写真にする
フィルムカメラで撮影し、プリントした酒籠。竹工芸を写真にする

 フィルムカメラで撮影をして、ネガをふたたびデータ化することで、アナログとデジタルの両方で記録ができ、それをプリントすれば三重の記録になります。

 

 実際には、そこまで本気で心配しているわけではないのです。実体としての竹籠、茶杓、それらは百年後にも残るであろうことを考えれば、たとえデータが消えようと、本物があるかぎり何度でも蘇るのですから。

 

 結局のところ、フィルムカメラで撮影する一連の働き自体に、いまの私はなんらかの意味を見出しているのでしょう。工芸家の「さが」とでも言うべきか、わざわざ手間をかけてアナログな手法で何かを作るのが好きなのでしょうね。

 

 フィルムを手に入れて現像に出す、一連の流れを完結させるまでのハードルは以前より高くなりました。その代わりに、古いフィルムカメラ自体は以前よりも安価です。大事につかいながら、技術も向上してゆきたいとおもいます。