都内の能楽堂の竹の仕事について

 

 3月は明日で折り返し。桜の開花も目前で、気持ちが明るくなりそうな春の陽気ですが、実際には次回の展示のことや、ご注文品のことで頭が一杯の日々。気持ちは焦るばかりです。

 

 ちょうど昨年の今頃、都内のとある能楽堂からご相談をいただきまして、能舞台の上で用いられる作り物、つまり舞台装置の制作についてお手伝いをさせていただいております。

 

 それらの道具の多くは竹で作られており、かつては能楽師の方々が手ずから作られたそうですが、いつしか仕事として外部へ依頼するようになり、そして気がついたら今では作り手がほとんどいなくなりつつある、作り方も分からない、そうしたことから知人を介して私にご相談をいただきました。

 

 竹は中空で軽く持ち運びに適しており、移動しながらの演能に適した素材であることは、容易に想像ができます。またランダムに配された節や、微妙なゆらぎ(あるいはゆがみ)の不規則性が能楽のリズムともかなうもののようです。

 

 私はこれまで能楽の仕事に携わった経験はありませんし、能についての知識もありません。ですから、何度か足を運んで道具の姿を拝見し、能楽の中で用いられる実際の姿も鑑賞してと、勉強しながら可能な範囲で幾つかの道具を作らせていただきました。

 

 茶の湯の文化の背景には能楽が大きな存在としてあろうとかと思いますが、茶道とも通じる不規則の中の規則のようなものが、道具として拵える中ではとても難しい点だと感じます。


能楽堂よりの依頼で制作した道具の一部分
能楽堂よりの依頼で制作した道具の一部分

 広い舞台上で扱うものですから、能楽堂で拝見するときにはそれほど大きいようには見えなくとも、私の仕事場においてみるとかなり大きいものです。いや大きすぎます。

 

 扱う材料は当然ながらさらに大きく長くなります。そのあたりの寸法問題そして輸送の問題が今の私の環境ではかなり厳しいものがありましたが、なんとか仕事を納めましたところです。

 

 もう少し詳しい話も、また改めてお伝えをしたいと思いますが、今夜はひとまず簡単なご報告だけ。

 

 

 おなじく伝統芸能である例えば歌舞伎のように、ひとつの演目を長期間にわたって上演するのではなく、たった一回のために稽古を重ねて臨む、能楽。どちらも真剣勝負にちがいないと思いますが、真正面、間近の席から拝見した姿は、統率の取れた身体の運びに面や装束の迫力も相まって、ビリビリとした緊張感の突き刺さってくるようなものでした。

 

 能、狂言というと、歌舞伎や落語などの娯楽要素の強い芸能に比べると、鑑賞においてハードルが高く感じるものだと思いますが、人間の体から生み出される美として真剣に鑑賞するに値するものだと思います。

 

 このブログをお読みになって、もしご興味をお持ちになられたならば、いちど能楽堂へ足を運ばれましたら、たいへん高次元のアートとして受け取ることができる何かが見つかるのではないでしょうか。

 

 

【3月のお知らせ】

 

・4月13日・14日・15日に3日間の個展を行います。

個展のお知らせの予告