白竹の箸を求める旅

 

 竹の箸を削ることは、自分の仕事の中心ではないながら、細く長く削りつづけています。

 

 自然のなかでの真っ直ぐさを、人間の世界での真っ直ぐに合わせるには、自然の意味においてはむしろ歪さを付け加える必要があるなと、削るたびに感じます。

 

 箸の削りは、ある意味では矯正と言いますか、間違い探しをして欠点をつぶしてゆく作業だとおもいます。できるだけ歪みのない、厚みのある、しかも肌色の美しい竹を見つけることも、柾目の通った希少な木材を探すことに似ているような。


白竹の箸を基本の箸に
白竹の箸を基本の箸に

削るまえと削ったあとの白竹の箸
削るまえと削ったあとの白竹の箸

 

 菓子切りを削ったり、茶杓を削るときには、新しい何かが生まれる喜び、楽しさがあります。

 

 箸を削るときには、新しい何かではなく、予定の通りにミスなく完成させることが第一で、上のような喜びや楽しさはありません。喜びがあるとすれば、その工程において上達していると感じる時でしょうか。

 

 そして、最終的には私が削った箸を喜んでくださる方がいらっしゃるということや、それで食事の時間が少しでも豊かになること。あとは、自分で使うのにも、結局は自分の箸がしっくりくるのですよね。

 

 今日は昨日よりも暑いようです。よい午後を。