煤竹と米の貯蔵と古民家と|先人の暮らしの知恵に学ぶ

 

 先日、めずらしい煤竹を用いて箸を削っているという話を書きました。私が資料用に保管していた竹で、それは昔の人が中にお米を貯蔵していた竹です。詳しい話をせずに終わりましたので、きょうはそのつづきを。

 

 煤竹は昔の民家(いまは古民家と呼ばれる)において、茅葺き屋根を支えた建築材料で、何世代もの暮らしのなかで囲炉裏の煙を浴びることで、経年変化をして生まれる美しい素材です。

 

 囲炉裏の煙は下から上へと立ち上り、茅葺屋根を通り抜けて屋外へ抜けてゆきます。屋根下に組まれる竹には、下から煙が当たりますので、竹の下側は暗褐色に、煙の当たりにくい上側はより明るい色味の褐色、つまりグラデーションをもった明暗の二色になります。

 

 茶席における茶杓の鑑賞の際に、煤竹の色味をもって年数を言い当てる楽しみがあるかと思います。「この色は二百年は経っていますね」など。

 

 それは鑑賞上のひとつの楽しみ、会話のタネではありますが、実際には小さな茶杓の外見の色味だけで年数を正確に言い当てることはできません。先述のとおり同じ竹でも場所によって、煙の当たり具合によって色が違うからです。

 

 下に写真をあげた煤竹は表も裏も暗褐色です。中にお米を貯蔵していたことと、全体が暗褐色を呈していることとは直接の関わりがあります。

 

 (一枚目の写真の箸は見本ですので、ほかの煤竹から削りました)


全周囲、裏も表も暗褐色の煤竹となる理由は
全周囲、裏も表も暗褐色の煤竹となる理由は

煤竹箸には一膳ずつ拭き漆を施して仕上げます
煤竹箸には一膳ずつ拭き漆を施して仕上げます

 この煤竹が私の手元にやってきたとき、パッと見た感じでは他の煤竹と大きな違いはなく、全体的に明暗なく深い色味をしていることが珍しい、といった第一印象でした。ちなみに長さは背丈を少し越えるくらいで、これは短い部類に入ります。煤竹は屋根を支えた建築材料ですから、ふつうは背丈の数倍の長さがあります。

 

 よくよく観察して気がついたのは、上から下まで同じくらいの太さの煤竹の、片方の端には節が残っていること。そして、もう片方の端は節のない場所で切られていて、節までの数十センチの中空に何かが詰まっていること。

 

 その中空を懐中電灯で照らすと、藁の束が押し込まれています。たいへん興味を惹かれましたので、節の向こうがわを適当なところで切ってみると、藁の奥にある節の部分には穴が空いていて、その穴を紙で塞いでありました。塞いだところは外側から藁で隠してある、じつにご丁寧、かつ巧妙な細工です。

 

 長い竹に何箇所かある節のうち、残っているのは片方の端の一箇所だけで、あとはすべて節が抜いてあり、片側の端には見えないよう、またネズミなどにかじられないように蓋がしてある。この竹全体がお米の貯蔵容器になっているわけです。話には聞いたことがありましたが、実物を見るのは初めてのことでした。

 

 こうした竹の容器をいくつも用意して米を満たし、それを屋根裏の竹に紛れ込ませることで、盗難や徴発から米を守り、いざというときの備えにすることができます。非常時に家族が食いっぱぐれないための昔の人の知恵ですね。

 

 おそらく定期的に上げ下げをして中身のお米を入れ替えたと思われ、小さなスレ傷がみられることもあります。また、上げ下げするたびに位置や向きが微妙に変わって煙の当たり具合が変わりますので、まんべんなく深い茶褐色に色づくのでしょう。

 

 この煤竹が私の手元に来てから、かれこれ十年くらいになるでしょうか。とうとう材として実際に用いる時が訪れました。

 

 いざという時のためのお守りのような煤竹から削る箸。拭き漆を重ねて、もうじき仕上がります。