連載『茶杓探訪』はじめます

 

 『茶杓探訪』という話の連載をはじめます。「連載」といっても、雑誌やウェブメディアといった外部での連載ではなく、私のHP内のこのブログに私の好きなペース、好きな内容で書きます。実際の話をはじめるまえに、どのような前提で記すのかについてまず触れておきたいと思います。

 

 このところ削りの仕事が面白くて(竹籠をつくる仕事も面白いです)、茶杓もいままで以上に力を入れて削ることになりそうですし、4月中旬の個展でも展示をします。

 

 また、茶道雑誌の企画で茶杓削りの講師をさせていただいたり(『なごみ』2016年10月号、淡交社)、カルチャー講座でもレクチャーの機会を得たり(2017年7月、日本橋三越百貨店にて)と、茶杓に関わる仕事をいただく機会が増えてきました。

 

 茶杓づくりにおいて、私は昔の茶人の茶杓の写しをつくることはしておらず、私の好みの竹で好みの姿に削ることを基本にしていますが、裏付けとして、名品とされる茶杓にはできるだけ多く目にする機会をもつべきと考えています。

 

 そのようなわけで、自分自身の見識を高めるための鑑賞の機会をなるべく増やしたいとおもいますし、その意欲を維持するには、ここで書き記すことが有効かと。

 

 茶道具でもそのほかの美術でも、展覧会には行こう行こうとおもいつつ、だいたい会期末ギリギリか、時間切れになることが多いのです。恥ずかしながら。

 

 ここに書くと決めてしまえば、皆様にお伝えするためにも、早めに出かけて、よりよく見ようとする動機になるだろうと、そんな期待をもっています。

 

 そのようなわけで、さっそく世田谷の五島美術館へ出かけてきました。その『茶道具取合せ展』で拝見した、ふたつの茶杓から『茶杓探訪』がはじまります。(残念ながら会期は終了しました。次から早めに訪れるよう頑張ります)


『茶杓探訪』のはじまりは五島美術館から
『茶杓探訪』のはじまりは五島美術館から

 具体的な連載方針について。。。

 

 なるべくフラットに、予断をもたずにゼロの視点から鑑賞したいと考えています。

 

 茶杓に興味をもち始めたころ(10年以上前でしょうか)、茶杓・茶道関連の書物にも少しばかり目を通し、茶人のことや歴史も含めて基礎的な知識を蓄えるように心がけました。文字から知識を得ることは大事な時間だったとおもうのですが、知識に引っ張られてしまう面もあり、予断なく茶杓そのものをじゅうぶんに味わうにはよくない部分もあった気がします。

 

 あれからしばらく時間が経って、私の記憶力も減退し、かなり覚束ない状態になってきたことで、読んだこともだいぶ忘れましたので(かなしい)、ゼロから学びなおすには良い時期かなと思います。

 

 ここで言う「学び」というのは再び本を読むことではありません。前提抜きで、私の目で茶杓そのものを味わい学びなおすという意味です。ですから、本で読めることよりも、より多く私がゼロから観察したことについて、ひとつひとつ記録して、ここにまとめてゆこうという考えです。

 

 (実際問題として、調べはじめるとキリがありませんし、それをやっているうちに書く気持ちが萎えてしまうのです。昨年、茶杓の感想を書きますといって、そのままになったことがありました。。。ですから継続を重視して、継続しやすい書き方を心がけます)

 

 何年か探訪をつづければ、私の仕事の血となり肉となるであろうとともに、すでにどなたかが言及されていることとは異なる見方が、ひとつかふたつくらいは出来るかもしれません。

 

 というわけで、これが正しいだとか、学術的な実証であるとか、そういったことは保証ができません。私の個人的な好みを重視して、好きなところを中心に記します。

 

 初回で取り上げる茶杓は、五島美術館の蔵品である『小堀遠州作茶杓 銘 清見関』か『武野紹鷗作茶杓』のいずれかとなる予定です。近いうちに記しますので、また訪れていただければうれしいです。

 

→ 第1回『武野紹鷗作茶杓 筒 片桐石州』を掲載しました