神田明神、籠の神様の籠祖神社へ

 

 東京都千代田区の神田明神(神田神社)境内には、籠の神様として籠祖神社が鎮座されているという話は、以前より聞いていました。

 

 竹工芸の道へ進んでより丸16年を迎えた先月、よい機会と思い立ち、初めて籠祖神社へお参りに出かけました。

 

 JR御茶ノ水駅から銀座末広町駅へ向かう道、聖橋を渡り湯島聖堂の脇を抜けた先に、江戸総鎮守 神田明神があります。周囲に坂の多い、起伏に富んだ土地の台地の上にある神田明神。

 

 本殿ほか多くの建物は大正時代の関東大震災で消失したそうですが、昭和9年に鉄骨鉄筋コンクリートで再建された本殿は、太平洋戦争の戦火をくぐり抜けて現在まで無事に建っています。

 

 境内には多くの末社が在り、私の目指す籠祖神社は本殿の裏へ回った奥に、現在は合祀殿として在ります。


神田明神境内の籠祖神社(合祀社殿)
神田明神境内の籠祖神社(合祀社殿)

籠工商祖神講による籠祖神社御縁起
籠工商祖神講による籠祖神社御縁起

 猿田彦大神と塩土翁神を御祭神とする籠祖神社。2012年に建て替えられるまでは独立して祀られていたようですが、老朽化による建て替え(東日本大震災も影響しているか)の際に、関東大震災で社殿を消失していた富士神社、八幡神社、柿本人呂神社を合わせ、合祀殿として再建されたそうです。

 

 籠祖神社御縁起によると、寛政7年(1795年。浮世絵師の東洲斎写楽が活躍した頃)に、現在の小伝馬町の籠職人やつづら職人の人々が祖神講を設け、以来毎年11月5日に盛大な御祭祀を執り行っていると書かれています。


猿田彦大神、塩土翁神「籠祖神社」
猿田彦大神、塩土翁神「籠祖神社」

 籠祖神社の存在は知りつつ、訪れたのも、詳しい縁起を知ったのもこのたびが初めて。石に深く刻まれている籠を商う(商っていた)人々の名から、籠にまつわる仕事に就く人々が、江戸、東京の中心に大勢いたのであろう往時の賑やかさを偲ぶことができました。

 

 竹工芸の17年目となるこの夏以降、私の仕事はだんだん変わってゆくことになります。竹工家としての節目に、籠の神様にお参りができましたので、きっとよい夏を過ごすことができるでしょう。

 

 次の個展は夏から秋に変わる頃にと考えています。