素材の竹について記す理由

 

 このところ、素材の竹についてブログに記しています(真竹の白竹や煤竹についてすでに記しました。つぎは黒竹の予定です)。それは理由があって書いていることです。

 

 竹を用いたものづくりの仕事は、とりわけ竹籠づくりにおいて膨大な時間を要するものです。手仕事はどれも時間の掛かるものだと思いますが、竹工芸・竹細工もその例に漏れません。

 

 実際の竹籠づくりの仕事以前に、竹林で竹が育てられ、伐り出されて適切な手当がなされたうえで、保管・流通とつづく一連の過程があります。

 

 そこには多くの人の手、多くの人の時間、言い換えれば幾多の人生が費やされています。費やされる人生には、喜びもあるでしょうし、苦しみや悲しみもあり、またある意味では犠牲を払ってまで費やされる人生もあることでしょう。


節なしの細長い竹は貴重な素材(Fujifilm X-Pro2)
節なしの細長い竹は貴重な素材

 それらすべての人々の日日が、より豊かに、より多く喜びとともにあってこそ、この島々、この星で竹を通じて生まれる豊かな何ものかが、より長く途絶えることなくつづくであろうと、そう考えるからこそ、私の仕事すべての根本である竹について記しています。

 

 竹の話はいままでも断片的ながら何度も書いてきたつもりで、繰り返しになることは避けるべきではと考えていました。しかし実際には私の書くこと話すことにそれほど大きな伝達力はありません。何度でも重複をおそれず記す必要があると考え直しています。

 

 このような考えがあって、素材の竹について私は記します。すでにお読みになった内容と重なる部分があるかもしれませんが、繰り返されることは大事なことなのだと考えて記します。