東京ステーションギャラリーの『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』へ

 

 東京駅に付随する美術館、東京ステーションギャラリーで開催中の『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』を観てきました。

 

 ルート・ブリュック(1916-1999)は北欧 フィンランドのアーティスト。器のブランドであるアラビア社の専属アーティストとして、またテーブルウェアやテキスタイルのデザイナーとしても活躍した人物。初期の活動から晩年ちかくまで約180点の作品が集められた内容の濃い展覧会です。

 

 会場である東京ステーションギャラリーは丸の内北口にあります。滅多に東京駅へ出かけない私は、いつも迷います。次の機会のためにここへメモ。


東京ステーションギャラリーは丸の内北口です
東京ステーションギャラリーは丸の内北口です

東京駅 丸の内北口を出た周辺の様子
東京駅 丸の内北口を出た周辺の様子

『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』入口付近
『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』入口付近

 ステーションギャラリー内の展示会場は3階と2階のふたつのフロアに分かれており、まず3階へ入場し2階へ降りる順路。初期の作品を中心とした3階は写真撮影可で、中期以降の抽象的な作品が多く並ぶ2階は撮影不可です。(これについてはあとで補足をします)

 

 初期の仕事では、色彩豊かで多彩な形状をした絵皿といった雰囲気ですが、しだいに作品らしい独自性を帯びます。上の写真のように、モチーフの輪郭自体が器の輪郭となっている作品が50年代に多く作られ、器としてよりも絵画や彫刻のような作品への変遷がみられます。額に入っていない絵画といった佇まい。

 

 作品の細部の形状や色彩もたいへん豊かで、密度の濃い、存在感のある作品が数多くあります。建物をモチーフにした作品では、窓の部分が向こう側まで刳り貫かれているものもあり、焼き物の厚みが実際の建物のような迫力をもっています。描かれ方は平面的でありながら、実際の器物は立体的という面白さがあります。

 

 私の個人的な好みでは、50年代を通じて作られた、作家らしさが強く感じられる、これらの凝った一点ものの作品に魅力を感じました。


右はルート・ブリュックによる平面の絵画、あるいはデザイン
右はルート・ブリュックによる平面の絵画、あるいはデザイン

 立体の作品が数多い中に、平面の絵画、あるいはデザインと呼ぶべき仕事も見られます。上の写真右の額にはいった作品がそれらです。絵葉書や菓子包みのデザインとして描かれたようです。

 

 平面と立体の陶器とでは、似たような色味であっても奥行きや光沢に違いがありますので、ずいぶん異なる印象を受けます。

 

 3階の作品群は大小とりどり、基本的には1点ずつとしての作品です。連続して類似のテーマで作られる作品はあっても、1点1点が独立して存在するという形で、年代ごとの変化の様子が見られます。共通しているのは手仕事らしさと、彼女の個人的な人格が垣間見られる点。

 

 2階へ進むと傾向が大きく変わります。

 

 まず蝶をモチーフにした正方形の連作があらわれます。まるで昆虫標本のようなそれらの作品(ルート・ブリュックの父親は蝶の研究者)は、1点ずつというよりも全体がひとつのテーマをもった作品群で、正方形を並べたそれらは順序を変えたり配置を変えることが自由にできるような作品です。

 

 すこし離して飾られた父親をモデルにした作品だけが、そのなかで特別な存在感をもって展示されており、代替不可能な存在であることを感じさせます。

 

 さらに進んで、ブロックのような四角い陶器を数多く並べることで全体を構成する、非常に大きな作品たちがあらわれます。2階に並んでいたものとは作品の大きさも手法もがらりと変化し、器という性質から(器として作られるものもありますが)、アート作品への移行の様子が見られます。

 

 ときに抽象的、ときには宗教的であり、それぞれに色彩豊かなものが、だんだんと白色や黒色を基調とするシンプルな色へ、形も正方形と正円を基本とした形態へ変化します。

 

 2階の作品で見られた、手仕事らしさと個人としての彼女の人格よりも、職人を束ねてより組織的に制作を進められるような手法への変化が見られ、具体的な彼女の姿は見えにくくなっています。

 

 作品のなかの個々の部分は互いに代替可能なパーツのようになってゆき、いっぽうで代替不可能な統括者としての彼女が作品の成立には必須であることが暗示的に感じられる形。晩年につくられた大統領のための作品など、より公共のための仕事へ移行するに相応しい制作手法になったように見えます。

 

 これら膨大な作品は、ひとりのアーティストから生み出される作品として、たいへん多彩であり、時代とともに作品や手法が変化してゆく様子がよく分かる、とても充実した展示でした。長い年月を通じて、一貫して失われない旺盛な創作意欲に、たいへん刺激を受けました。


撮影可という点には賛否があるようです
撮影可という点には賛否があるようです

 ところで、この展覧会では2階全域で撮影可とされています。しかも会期の途中までは3階と2階の全域で撮影可能だったようで、来場者の一部から苦言があったために途中から3階のみに変更した旨の但し書きが掲示されていました。

 

 展覧会の撮影可・不可については、徐々に「可」の領域が増えているのが近年の流れだと感じます。それが良いかどうかは、すぐに答えを出すことができない問題です。たとえば、ひっきりなしに「パシャー」と響くスマホやカメラのシャッター音が気になるかどうかだけでなく、豊かな作品を目の前にしながら小さな画像として瞬間的に消費してゆくことが、鑑賞行為として豊かなのかどうか、という問いもあります。

 

 いっぽうで多くの人が展覧会の画像をシェアすることで未知の人に素晴らしいアートの存在を知らせる効用もあり、または帰宅後に写真を見直して勉強をしたい人の助け、といった面から意義を考えることもできます。

 

 作品により、会場により、そのほか複雑な条件によって、相応しい場合とそうでない場合があるだろうと思います。いずれにしても、以前にはまったく「不可」だったことについて、試してみることには意味があるようにおもいます。適切な答えが出るまでには時間がかかりますし、また一律には決められないでしょう。

 

 展覧会の撮影可or不可については、自分も展示をおこなう作家として関わりのあることです。今後の動向をよく見ておきたいとおもいます。

 

 個人的には、展覧会に出かけて撮りたいと思う時もあれば、撮らなくてもよいと感じることもあるのですが、このルート・ブリュック展においては、上の写真のように会場風景をざっと撮れれば私は満足できます。どちらかといえば、私は写真を撮りたい気持ちよりも作品を手にとりたい欲求のほうが強いです(当然それは無理でしょう)。

 

 今回の展覧会では、ミュージアムショップで販売されている書籍『はじめまして、ルート・ブリュック』(ブルー・シープ)が、その造本も含めて完成度がかなり高く、写真も高精細に撮影されています。写真をぜひ欲しいというかたは、別途そちらをお求めになるのも満足感が高いのではとおもいます。

 

 かなり長くなりましたが、自分のメモとして記しておきます。展覧会は今週末の6月16日(日)までです。

 

 ここしばらく自分の仕事のことばかりで、美術館へ出かける頻度も少なくなっていましたので、興味のある展示へは今後もなるべく出かけたいと思います。できれば会期の早めに余裕をもって。