こんにちは。いつもご覧いただき、ありがとうございます。
2002年の5月より竹工芸の道を歩みはじめて以来、先月で丸24年を迎え、そして25年目に入りました。じき四半世紀を迎えることになります。
日本各地、そして世界各国より、様々なかたちでお支えくださいます皆様にお礼申し上げます。いつもありがとうございます。
さて、この機会に肩書きを改め「美術竹工芸家」(ビジュツ タケコウゲイカ, Japanese Classic Bamboo Artist)と名乗ることに致しました。じつは少し以前から使い始めておりますので、お気づきのかたもいらっしゃるかもしれません。
この肩書きは私が自分自身で考えた、独自の新しい肩書きで、じつは50歳になったら名乗りたいと漠然と考えておりました。しかし、時期を大幅に早めて46歳になったいま名乗ることに致しました。
私自身の記録のためにも理由と経緯を記します。

私にとっての肩書きの歴史は、まず「竹工家」からはじまり、2018年より「竹工芸家」と改めました。竹工家(チッコウカ、チクコウカ)というのは古い時代の竹の工芸家が用いていたと言われる肩書きの一つです。
古風な響きが気に入ったことと、竹工芸家よりは少し遠慮して、「芸」を省いた控えめな肩書きを長いあいだ用いていました。(ほかには竹芸家、竹藝家などの肩書きも世の中にはあります)
そうして私と竹工芸との関わりも丸15年となった2017年に、オーストラリアはメルボルンのビクトリア国立美術館に作品を収蔵していただき、私の意識は前進しました。翌年に自分自身で企画した展示をおこない、とくに茶杓にテーマを絞った展示をおこなったことで、さらに前進しました。(noteの記事をご覧ください→ 茶杓づくりは、おそれながら)
そのタイミングで肩書きを「竹工芸家」と改めました。15年、道を歩んで、それでも尚早とは考えましたが、肩書きに追いつこうという意識で改めました。
ここで、すこし竹工芸の話をします。
一般的には「竹細工」という言葉に比べて認知度の低かった「竹工芸」という言葉が、近年ではだいぶ知られるようになりました。
しかし、私がイメージする竹工芸、若い頃より憧れ目標とするものと、世間に浸透しつつある竹工芸の認識とでは、ズレがあるように感じることが増えてきました(良し悪し、優劣の話ではなく単なるズレ)。言葉の示す範囲が広すぎて別なものを思い浮かべている、といったほうがよいかもしれません。
そうして私の意図や仕事の実際とは異なる印象を与える可能性のある肩書きを使いつづけることは、自分にとっても世の中にとっても望ましくない、との思いがつよくなりました。
また、私の仕事は実際、ほかの作り手のどなたとも異なる独特、独自な立ち位置であると自分でも思いますし、人からもそのように言われます。ですから肩書きも独自のもので、私の意図をより正確に反映したものが必要です。
以上のことから、あらたに「美術竹工芸家」という言葉をつくり、次なる肩書きとして密かにあたためていました。(ものだけでなく言葉をつくるのも私の仕事のひとつです)
こちらも時期尚早、僭越という意識があり、50歳になる頃までに相応しい実力と環境をまずつくってからと考えておりました。
しかし、このたび考えを改め、先に名乗って、4年後の50歳の頃には肩書きに追いつくよう、環境づくりに力を入れる契機にしようと考えました。
Youtube、そしてnoteをふたたび始めたのも、環境づくりと記録の一環です。様々な環境が整ってこそ、仕事が継続し向上できます。
長くなりましたが、これが経緯と理由です。
おかげさまで、丸24年間、竹工芸の細道を歩みつづけることができました。
しかしこの道、あるいは伝統やものづくりに一人の作り手として関わる道は(私以外の人びとにとっても)、今後さらに険しくなると考え、歴史の継続につよい危機感をもっております。
厳しくなる環境のなかで継続と向上をするためには、並々ならぬ努力が必要です。ますます精進して継続と向上を目指します。
そのことについては、またの機会にゆずり、本日はご報告にとどめます。
これまで応援くださいましたすべての皆様にお礼を申し上げます。ありがとうございました。今後ともお支えをいただきたく、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
美術竹工芸家 初田 徹